EC「死の谷」を克服したトップランナー3社が明かす【EC年商10億・50億】突破策
(左から)オルビス株式会社 CX統括部 部長 田村陽平氏、アンカー・ジャパン株式会社 執行役員 事業戦略本部長 芝原航氏、ベースフード株式会社 マーケティング コミュニティマネージャー 吉田千紘氏
EC市場が成熟し、かつての成長モデルが通用しなくなるなか、多くの事業者が直面する「売上の踊り場」や「死の谷」。華々しい実績を上げるEC事業者も、「主軸ビジネスへの依存」「機能の形骸化」「予期せぬインシデント」を経験している。
成功をつかむまで、どのような危機に直面し、それをどう打破したのか――。2025年12月19日に開催されたトークセッションでは、停滞や危機を乗り越え、成長を遂げたオルビス、アンカー・ジャパン、ベースフードの3社が登壇。現場で下した重い意思決定とその後の再成長プロセスを語った。
※本記事は2025年12月19日開催「ECのミカタ カンファレンス」で行われたセッションをレポートしたものです
何が成長を止めたのか?――直面した「死の谷」の正体
――急成長の先に訪れた「死の谷」と、そこからの再起について伺います。まずは、成長が停滞した際、現場で何が起きていたのかを教えてください。
アンカー・ジャパン株式会社 芝原航氏(以下、アンカー 芝原) うちの場合はコロナ禍です。売上自体は順調に伸びていたのですが、2020年まで順調だった成長率がコロナによって鈍化しました。それまではモバイルバッテリーが売上の主軸でしたが、コロナ禍でマーケットモデルが劇的に変わったのです。
ここで主軸ビジネスに依存しすぎることの危うさを痛感しました。そして、製品のポートフォリオを広げていくつか柱を持つこと、また弊社はガジェット中心のラインナップなので、ECだけでなく実際に製品を手に取ることのできるオフライン販路の展開を同時に進めることが大事だと感じました。
オルビス株式会社 田村陽平氏(以下、オルビス 田村) 2019年にアプリ内サービスのAIによるパーソナルカラー分析がTwitter(現X)でバズり、そこから拡大成長しました。2023年頃より成長がゆるやかに。他社が同じような機能を一気に打ち出したことで優位性がなくなりつつあり、さらに、「AIによる分析を楽しむ層」と「商品を購入する層」の乖離が進みました。
ベースフード株式会社 吉田千紘氏(以下、ベースフード 吉田) 2023年に一部商品のカビ発生で74万袋を自主回収しました。広告停止、アルゴリズム不調、ブランドイメージの低下、CVR(成約率)の悪化と、まさに「死の谷」を体験しました。
その頃は広告が絶好調の時期でしたので、織り込んでいた新規獲得も取れず、その打撃は計り知れません。一度ついたマイナスイメージを払拭する難しさを突きつけられました。
アンカー・ジャパン「外的要因による主力商品の需要激変」
オルビス「先行者利益の消失と「目的」のミスマッチ」
ベースフード「ブランド信頼を揺るがす品質問題」
どう突破したのか? 【再成長のための意思決定】
――三者三様の困難があったことがわかります。そこから再成長に向けて、どのように改善され、再成長に向かわれたのでしょうか。
アンカー 芝原 グローバルを含めた根幹的な組織再編を行いました。以前は「ECチーム」「リテール(実店舗)チーム」といった販売チャネルごとの組織でしたが、これを「Anker」「Soundcorre」といった製品カテゴリ別の事業部型組織に変更しました。
各製品カテゴリの事業責任者が、市場参入戦略の策定からEC戦略、オフライン販路戦略までを一貫して管理する体制にしたことで、「今はECではなくオフライン販路に投資すべき」といった、製品特性に合わせた最適な意思決定が可能になりました。「顧客が買いたい場所で買える」チャネル展開を加速させるための大きな決断でした。
アンカー・ジャパンの新体制。機能ごとではなくカテゴリごとに組織を再編した
オルビス 田村 AIによる分析サービスがLTV(顧客生涯価値)にあまり寄与していないことにより、CRMの基本に立ち返るべく組織のパワーバランスを変えました。
具体的には、アプリ開発チームが強かった構造に「リサーチチーム」を新設しました。顧客対応部門出身のメンバーがUI/UXに強く意見できる体制にしました。顧客視点を大事にしたアプリ開発を進めることで、アプリの本来価値を取り戻すことを、再成長の一歩にしたいと考えたのです。
配信リズムも、販促一辺倒ではなく、月前半はライフスタイル記事、20日の新商品発売タイミングで通知を切り替える構成に変更したところ、月間来訪回数は平均3回から4~5回へと向上しました。
オルビスにおける1カ月のアプリ来訪数推移。新商品が発売になる20日のタイミングで通知内容が切り替わる
ベースフード 吉田 ブランドイメージ回復のため、全工程を見直し、わずか半年で商品のリニューアルを敢行しました。それをお客様にきちんと伝えるためにコンテンツ化して、さまざまなチャネルで配信しています。お客様に真摯な姿勢を示し続けたのです。
2024年6月下旬には商品のリニューアルを行いました。私たちの強みである「開発スピード」を最大限に活かし、半年でリニューアルすることができました。
同時に、LTVの低い「ダイエット目的」の層に依存しすぎないよう、焼きそばなどの新カテゴリ投入やクロスセルを強化しました。ロイヤルティプログラムの改善なども積み重ねた結果、インシデント時に88%まで落ち込んだ継続率は95%まで回復し、堅調な売上を取り戻すことができました。
ベースフードの定期購入者数、解約率、顧客単価推移。インシデントがあっても真摯に対応し、さまざまな施策を打ち出すことで順調に回復している。
*1 各月で実際に増加した定期購入者数(解約者考庶済み)
*2 各四半期における`当月解約者/前月定期購入者の3カ月平均値
*3 各会計期間における3カ月間の平均値(Ql:3月~5月、Q2:6月~8月、Q3:9月~11月、Q4:12月~2月)、顧客月問平均単価=月間定期注文の売上/月問定期顧客数
アンカー・ジャパン「機能別からカテゴリ別へ。組織を根底から作り直す」
オルビス「顧客視点のパワーバランスへ」
ベースフード「半年の超速リニューアル。徹底した誠実さと脱・ダイエット」
これから何を仕掛けるのか?
――最後に次なる成長フェーズに向けたキーワードを教えてください。
アンカー 芝原 弊社で展開している製品は、公式オンラインストアの会員になっていただくと数カ月保証期間が延びるという特典があります。会員数が100万人を突破していて、この会員のプールをどう活用していくかが今後の課題と捉えています。
また、BtoB向けの「Anker for Business」を強化しています。気がついたら家や職場がAnkerグループの製品に囲まれ、生活が豊かになっている。そんな「ブランドのエコシステム」を作っていきたいですね。
オルビス 田村 オルビスはスキンケア以外にもメイク用品や健康食品を取り扱っていますが、カテゴリークロスでの購入に課題があります。先ほど挙げたようなライフスタイル系の記事を配信すると、「この方、お子さんいらっしゃるんだ」など全く違う分野でお客さんの嗜好性や価値観が見えてくるので、スキンケアの文脈以外でカテゴリークロスをして、売上をジャンプアップさせるのが今年の目標です。
もう一つ、あえて今、コールセンターでの電話接点を強化しています。何でも自己解決できる時代だからこそ、人による対応の価値が高まっている。デジタルとアナログのハイブリッドで、新しいセグメントを狙います。
ベースフード 吉田 これまで定期便を含めて、累計で100万人のお客様にご利用いただいています。ここからは、離脱してしまった方への再アプローチと、「栄養食=効率的」だけではない「おいしさ」の訴求が重要です。パッケージ刷新やテレビCMを通じ、体験の入り口をアップデートしていきます。
アンカー・ジャパン「クロスチャネルでのユーザー体験の深掘り」
オルビス「カテゴリークロスとアナログ接点の再評価」
ベースフード「おいしい栄養食への回帰」
今回のセッションで浮かび上がったのは、「死の谷」は特別な現象ではなく、成長を続ける企業にとって避けては通れない通過点であるということだ。
停滞を突破した3社の共通点は、これまでの成功体験に固執せず、顧客と市場の変化に合わせて、組織・機能・チャネルを「構造レベル」で大胆に再設計した意思決定にある。売上の壁に悩むEC事業者にとって、目先の施策ではなく「本質的な仕組みの変革」こそが再成長への唯一の道であることを示唆している。

2013年、スキンケアを軸としたビューティーブランドであるオルビスに新卒入社。経営企画にてリブランディングにおける経営戦略等の策定に従事。その後、新規事業開発組織を発足し、パーソナライズスキンケアサービスの事業責任者を経験。2024年よりCX統括部部長に就任し、オルビス独自のCX戦略を牽引している。
アマゾン・ジャパン 、アクセンチュアを経て、モバイルバッテリーやオーディオ機器を手がけるアンカー・ジャパンに参画。複数のビジネス部門の担当者を務めたのち、戦略企画チームをはじめとした複数の部門の責任者を兼任。現在は執行役員・事業戦略本部長として売上最大化の責務を負う。
2018年、必須栄養素全てがバランス良く摂れる完全栄養食を手がけるベースフードに9人目の社員として入社。カスタマーサクセスチームを立ち上げ、定期便利用者400名から10万人までの間、責任者を担当。現在は定期便利用者のコミュニケーション全般を担当し、顧客体験の向上に注力している。


