モスバーガーがECで仕掛ける「日常化」戦略──ハンバーガーを超え、ブランド接点を暮らしの隅々へ広げる新たな顧客体験
株式会社モスフードサービスは2026年4月1日、自社ECストアのリニューアルを実施した。全国に約1300店舗を展開し、国内ではマクドナルドに次ぐ規模を有しているモスバーガーは、日本発のハンバーガーチェーンとして最大手である強みをどのように活用し、ECの顧客体験を広げようとしているのか。
“物販が定着しない”流れを改善中に、コロナ禍が直撃
モスバーガーを運営する「株式会社 モスフードサービス(以下「モスフードサービス」)」の設立は1972年。創業者の櫻田慧(さくらだ さとし)氏が、証券マンとしてアメリカ駐在していた時に出会ったハンバーガーショップ「Tommy’s(トミーズ)」の味に感動したことが、事業の原点だという。会社設立翌年の1973年には日本独自のハンバーガー「テリヤキバーガー」を開発し、大ヒット。その後もバンズの代わりに米を使った「モスライスバーガー」(1987年発売)など、日本の食材や味覚に合わせて再構築したハンバーガーを提供し、店舗数を伸ばし続けてきた。
その一方で、物販事業は伸び悩んでいた。モスフードサービス 執行役員 商品本部MD事業部部長の中野秀紀氏によると、同氏が入社した2019年当時、物販事業は「ほとんど動いていない状態」だったという。
「1991年から楽天市場で『モス畑」』というブランドでECを展開していたのですが、事業としての魅力を見出せず撤退していました。その後もドレッシングなどを店舗で販売したりはしていたものの、長くは続かず、『物販が定着しない』という流れがずっと続いていました」(中野氏)
株式会社モスフードサービス 執行役員 商品本部 MD事業部 部長 中野秀紀氏
美容業界でマーケティングの経験を積んできた中野氏は、モスフードサービスで物販事業が続かなかった理由は“リスクの高さ”にあると分析。リスクの低い事業から順に着手し、最終的に難易度が最も高いECを立ち上げる戦略を構築した。投資コストの低い「異業種とのコラボ」からスタートし、「店頭販売」→「卸」→「EC」という順で着々と足場を固める計画を進めていた。ところがコロナ禍によって店舗事業への不安が一気に高まり、店舗以外にも収益の柱を作ることが急務として浮上。そのため前倒しでEC事業を始める必要に迫られたが、そこには多くの障壁があった。
ECスタートの前に立ちはだかった、商品開発の2つの“壁”
「一つは、注文を取ってから店内調理をするというモスバーガーの業態です。モスバーガーの場合、店舗にあるのはあくまでも調理前の“具材”。ECで販売する商品は冷凍で配送し、レンジアップして食べるという前提で設計しなければならないため、店舗で使っている生野菜などは使用できず、異なる設計が必要となります。つまり『ECによる販路(チャネル)づくり』と同時に『ECのための商品開発』も立ち上げる必要があったのです。その大事業を少人数で担うのはかなり重責でした」(中野氏)
商品開発の難しさの理由は、モスフードサービス独自のビジネスモデルにもあった。同社では本部と加盟店がつながる一般的な「フランチャイズチェーン」に加え、加盟店同士がつながる「ボランタリーチェーン」も併せ持つシステムとなっている。これは本部と店舗同士が相互にコミュニケーションをとりながら、信頼関係を育んで協力し合うために構築されたスタイルである。こうした姿勢がオーナーに高く評価され、現状では約1300店舗のうち、約1000店舗強がフランチャイズとなっている。
「ただし、ECで店舗と同じ商品を販売することについては、カニバリゼーションの可能性もあり、商品開発も同様に店舗側への配慮が必要となります。でもECで商品を知ったことがきっかけで店舗に足を運ぶケースもあるはずで、認知の拡張という意味ではプラスに働くと考えました。実際にモスチキンやオニオンフライなど店舗で人気の商品は、ECで想像以上の反響がありました。こうした実績を積み重ねることで、『ECを通じて店舗メニューを改めて知るきっかけにもつながっている』と感じています」(中野氏)
スタート当初に重視したのは「やめる理由を作らないこと」
2022年7月19日にスタートした公式ECストア「モス オンラインショップ~Life with MOS(ライフ ウィズ モス)~(以下「Life with MOS」)では「わがままに自然を楽しむ人のオンラインショップ」と宣言し、豊かな自然を楽しむ人々をイメージしたイラストが描かれている。なぜこのようなアプローチを選択したのか。
2022年7月19日に、スタートした直販サイト「モス オンラインショップ ~Life with MOS(ライフ ウィズ モス)~」のトップ画像 ※画像提供:モスフードサービス
オンラインストアスタート時に発売した「ひと手間かけるモスライスバーガー<焼肉>」(6食入3000円※当時)は、定番商品として人気の「モスライスバーガー焼肉 」をオンライン専用商品としてアレンジした商品 ※画像提供:モスフードサービス
「私が入社した当時、社内には『よりスタイリッシュなブランドにしたい』」という声も多くありましたが、私はモスにはすでにまったく別の強みがあると考えていました。モスという名前は創業者がつけたものなのですが、『マウンテン・オーシャン・サン』の略で山と海と太陽、つまり自然をお手本にするブランドであることを表しています。であれば独自のその思想を伝えていく方が、ブランドが差別化され、よりモスらしさがわかってもらえると考えたのです」(中野氏)
スタートしたECサイトを運営するにあたり、中野氏が最も注意したのが「やめる理由を作らないこと」。というのも、新規事業は一度でも「これはダメだ」と判断されると簡単に止まってしまうことを経験から熟知していたからだ。システムのすべてを自前で作るとコストがかかるため、カナダ発のECプラットフォーム「Shopify」を活用。「やめる理由」になりやすいコストを抑えながらも継続性の高い仕組みを構築することを優先した。
「私はECの専門家ではなく、どちらかといえばマーケティングの人間なので、いずれ自分一人では限界が来ることも分かっていました。ただ最初の一番難しい立ち上げさえ乗り越えておけば、次の世代がより洗練された形で運用してくれるはずだと考えました」(中野氏)
EC事業推進の最初の課題は「モスらしさの言語化」
次の世代のメンバーとして中野氏が絶大な信頼を置いているのが、商品本部 MD事業部 ECグループ グループリーダー代行を務める丹山浩克氏だ。実は中野氏はECサイト開設を目指していた時期、あるセミナーで当時、前職のECサイト事業責任者として登壇していた丹山氏の講演を聞いて大きな感銘を受けたという。数年後、そのまさかの本人が応募してきたことに不思議な縁を感じ、「僕は面接不要なくらいの人材だと思っているから、ぜひ入社してほしい」と直接伝えて採用したという経緯がある。その丹山氏が中心メンバーとなり、2026年4月1日にリニューアル版「Life with MOS」をローンチした。
2026年4月1日にリニューアルした「Life with MOS」のトップ画像。流行を追うのではなく、時代や国境、年齢を超えて通用する普遍性を持ち、日常に自然に溶け込むことを重視していることをフォークアートで表現している ※画像提供:モスフードサービス
新規事業としてEC事業を推進する中で、丹山氏が最大の課題として捉えていたのは「EC事業に関係するメンバーの意思統一」だという。特に大事にしたかったのは、「モスらしさ」の言語化。
「モスはブランドとして強いのは間違いないのですが、何が強みなのかがECグループ内で共有しきれていない面がありました。商品開発をする時にも『これはモスらしい』『これはモスらしくない』といった会話があるものの、そこの線引きがうまくできておらず、メンバーが自走しにくい状況でした。そこでモスらしさを『made in MOS』として定義し、それを定義する7か条を満たすものを『モスらしい商品』とすることにしました」(丹山氏)
ミッションは会社の掲げている「食を通じて世界中の人を幸せにすること」を踏襲。ECとしてのビジョンでは、ECの強みである越境性とEC事業部全体の戦略 “モスの日常化”を重ね、「made in MOSを世界の日常へ。」と設定した。さらにモスらしさ=made in MOSを体現しているかどうかの軸をマトリクスに取り込んで、MD戦略マップを作成した。
「食は手段であって、目的は『世界中の人を幸せにすること』だと理解しています」(丹山氏)※画像提供:モスフードサービス
made in MOS を定義する7か条 ※画像提供:モスフードサービス
「made in MOS を定義する7か条では、最後の“幸せな記憶”は特に重要だと感じています。実際、モスが好きだという方の話を聞くと、個人的な体験と結びついているケースが非常に多い。だからこそECでも、単に商品を売るのではなく、そうした記憶につながる体験をどう作るかが大切だと感じています」(丹山氏)
MD戦略としての「モスの日常化」
丹山氏はこうした言語化によるモスの魅力の再定義をベースに、MD事業部の戦略である「モスの日常化」を実現するべく、サイトや商品開発の方向性も整理した。
「モスバーガーは店舗利用時が主要なブランド接点となっているので、通常、店舗を出た瞬間からブランド接点は希薄になっていきます。逆に言うとそこが伸びしろだと考えていて、ハンバーガーだけではない商品を開発してご自宅で利用していただき、ブランド接点を拡大することで、『モスの日常化』を達成していきたいと考えています。重要なのは、EC事業を起点に、顧客の裾野をどう広げるかという点であり、そのために、より長く使われるデザイン、生活に馴染むトーンを選び、将来的にインテリアのような領域に広がったときにも違和感なく成立する設計を意識しています」(丹山氏)
カスタマージャーニーの設計はこれからになるが、「モスの日常化」を達成するために顧客体験の中で意識しているのは、実店舗のメイン顧客から、あえて距離がある層を意識するという点。
「食が事業の中心であることは間違いないですが、周辺カテゴリについても、今後、展開していく可能性は大いにあります。それがEC事業の成長戦略としては現時点では最も筋がよく、またそれができるのがMOSブランドだと考えています」(丹山氏)
ECには「顧客基盤の拡大」「顧客基盤の統合」の役割も
ECの役割として丹山氏が重視しているのが、オンライン上の新規顧客獲得だ。外食産業がEC事業をやる意味は、当然ながら新たな収益源を生み出すことにあるが、それ以外にも全社観点において重要なことがあると考えている。それはECチャネル上で新規顧客を獲得し、EC事業を起点に顧客基盤を拡大させて、既存店舗や他事業へ送客するということだ。
「人口減少フェーズでは、新規顧客の獲得単価が高騰していきます。ですから通常の事業ではリーチできない層にオンラインのECチャネルでリーチし、顧客基盤の最大化を図ることが非常に重要だと考えています。
極端に言うと、新規顧客獲得施策で利益が出せなかったとしても、結果的に顧客基盤が拡大し、既存事業が伸長するのであれば、それでいいという判断もできるかなと個人的には考えます。ただ、そういった理解をしてもらうためには定量的に会社に示す必要がありますし、部署間での連携が非常に大事になってきますので、明確な意思をもって進める必要があります」(丹山氏)
株式会社モスフードサービス 商品本部 MD事業部 ECグループグループリーダー代行 丹山浩克氏
もうひとつ、丹山氏が大きな課題ととらえているのが、モス本体とECの顧客基盤との統合だ。
「私は多くのブランドの最終着地は、ひとつのIDのもと、いつでもどこでも、同品質の商品・サービスを受けることができる『World One ID』に集約されると考えています。当然ながら簡単ではありませんが、まずは台湾モスの商品を日本で売る、日本の商品を台湾で売る、あるいは相互に送客するなど、何かしら連動できないか模索していて、『World One ID』につながるような仕組みができないか、考えながら進行しています」(丹山氏)
外食産業がECに参入するメリットは、「店舗がある」強さ
最後に、EC展開を検討している食品・飲食ブランドの方々へ、モスとしての経験から伝えたいメッセージを聞いた。
「外食ブランドが ECに参入する意味は、なんといっても『店舗がある』ということの競合優位性が大きな理由の一つだと思っています。店舗がない事業会社は何百万もかけて認知施策を実施する必要がありますが、外食は店舗自体が認知施策として機能し、かつ収益を出してくれるという素晴らしい仕組み。 さらにそこで食べるという強烈なブランド体験があるので、ECでのブランド作りをする意味で外食は非常に有利といえます。
これから日本国内においては人口が減っていき、ECビジネスも厳しさは増していくと思いますが、一方でジャパンクオリティは世界に誇るべきものであり、いかに海外市場に進出していけるかが重要かと思います。モスは日本生まれのブランドなので、ぜひ皆さんと一緒に日本を盛り上げていきたいです」(丹山氏)



