会員数100万人突破の「milbon:iD」 現場を味方にする、ミルボン流「BtoBtoC型EC」の成長設計とは

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ECのミカタ編集部

株式会社ミルボン マーケティング本部 ブランド・DXデザイングループ ECサービス室 マネージャー 西田洋介氏

EC事業を立ち上げても、既存の営業現場に浸透せず、取引先との関係性の変化が懸念されるケースは少なくない。特にBtoBやBtoBtoC領域では、オンラインの購入導線を用意するだけでなく、その業界の商慣習や現場の動き方まで含めた設計が求められる。

美容室専売ヘアケア製品などを展開する株式会社ミルボンの「milbon:iD(ミルボン アイディー)」は、美容室物販が抱える「店頭でしか買えない」という不便さをECで補完しながら、プロによる対面カウンセリングの価値をEC上に組み込んだサービスだ。多くの美容室から支持される「milbon:iD」は、オフラインで築いた顧客接点や現場の強みを、デジタル上でどう生かしているのか。そこには、BtoB EC事業を伸ばすヒントがあるはずだ。

本稿では、同社 マーケティング本部の西田洋介氏によるセミナーをもとに、登録会員数100万人を超えるサービスへと成長した「milbon:iD」の設計と運用を紐解く。

※本記事は2026年5月開催「ECのミカタ カンファレンス」で行われた西田氏のセッションをレポートしたものです

EC化の起点は、既存チャネルの課題解決にあった

1960年創業の株式会社ミルボンは、美容室専用のヘアケア製品やヘアカラー剤などを製造・販売する化粧品メーカーだ。同社の製品は一般小売には流通せず、販売代理店を通じて美容室に届けられ、美容室に通う顧客が購入する。代理店、美容室、顧客を結ぶ【BtoBtoC】型の商流の上に成り立つ事業である。

画像提供:株式会社ミルボン(カンファレンス登壇資料より ※以下同じく)

同社がECプラットフォーム「milbon:iD」をリリースした背景には、美容室物販の伸び悩みがあった。2009年から2020年にかけて、店内のケアメニューを利用する客の比率は26%から37%へ上昇した一方、物販購入客比率は14〜16%の範囲で横ばいだったのである。髪を美しく維持したいニーズは高まっているにもかかわらず、物販だけが伸びていなかった。

その要因は購入者の入れ替わりと見られる。物販を購入する100人のうち、1年以内に60人が離脱し、そこへ新規購入者が60人入ることで、結果として100人に戻る構造だった。離脱理由の半数は「価格が高い」ことだが、60人のうち18人は「美容室の店頭でしか買えない」「美容室に行かないと買えない」という流通上の不便さを理由に挙げていた。

価格の問題は簡単には変えられない。しかし、購入場所の制約であれば、ECによって補完できる。仮に18人のうち半数にあたる9人でも継続購入につなげられれば、購入客は100人から109人へ増える。15%前後で停滞していた物販購入客比率を押し上げる打ち手として、ECには明確な役割があった。

「今までやめてしまっていた方の半分でも継続購入していただければ、購入客比率は10%ぐらい伸びるんじゃないか。milbon:iDをスタートする価値はここにあると見込まれていました」(西田氏)

milbon:iDは、単に「美容室専売品をECでも買えるようにする」ためのサービスではない。店頭購入に依存していた構造をECで補完し、継続購入の機会を広げる取り組みとして構想されたのである。

利便性だけを追わない、オフラインの価値を残すEC設計

利便性だけを追わない、オフラインの価値を残すEC設計

ただし、美容室専売品をECで販売するには、越えるべき壁があった。ミルボンの製品はプロユース仕様であり、髪質や施術内容に応じた選定が前提となる。単純にオープンEC化すれば利便性は高まるが、美容師が顧客に合う商品を選ぶという価値が薄れてしまう。

そこで着目したのが、対面カウンセリング販売の目的だった。対面で担うべき役割は、顧客が適切な商品を選べるように情報を提供することにある。であれば、商品の選定は美容師が担い、購入手段だけをオンライン化することは可能ではないか。

「対面カウンセリング販売の目的は、お客様が適切な商品の選択をできるように情報を提供することです。まず商品の選定は美容師さん、そして購入するかどうかはお客様が判断して、購入自体はネットで行っていただく。こうすれば、対面カウンセリング販売とEC販売は両立するとの判断に至りました」(西田氏)

この思想は、会員登録のプロセスにも落とし込まれている。milbon:iDに登録できるのは、美容室でカウンセリングや施術を受け、適切な商品紹介を受けた顧客だけだ。顧客は美容室で専用リーフレットを受け取り、そこに記載されたQRコードを読み込んで初めて会員登録へ進むことができる。

一般的なECの観点からみると会員登録までの導線は決してスムーズとは言えない。しかし、この「あえて残したハードル」こそが、カウンセリング販売の筋を通すための仕組みである。購入はオンライン化しつつ、美容室を商品との出会いと選定の「起点」として残した。

取引先の売上を伸ばすEC。単体での利益を狙わないプラットフォーム戦略

milbon:iDが一般的なメーカー直販ECと異なるのは、ミルボンが直接エンドユーザーに販売するDtoCではなく、既存のBtoBtoC型の商流を維持したままEC化している点にある。

ミルボンがECプラットフォームを運営し、美容室に加盟してもらう。物流やサイト運営はミルボンが担う一方、売上は美容室に紐づく。顧客から見れば「通っている美容室から買う」体験が保たれ、美容室にとっても、自店の顧客をメーカーに奪われる仕組みではなく、自店の物販売上を支える仕組みとして受け入れやすい。

実際の商流や費用負担は複雑だが、ポイントは、EC化によって既存チャネルを飛ばすのではなく、メーカー、美容室、顧客がそれぞれ役割とメリットを持てるように設計した点だ。オフラインで成り立っていたBtoBtoCの関係性を、EC上に移植したことがmilbon:iDの大きな特徴である。

「理由は一つで、美容室の売上を上げるためにこの仕組みを作ったからです。我々がこのサービス単体で利益を出すのではなく、このECサイトを運営することで、美容室の売上を着実に上げていこうというポリシーでやっています」(西田氏)

milbon:iDは2020年6月にサービスを開始し、2025年10月には登録会員数100万人を突破。当初目標としていた「2026年に100万人」を1年前倒しで達成した。既存チャネルを置き換えるのではなく、その価値を補完するECとして設計したことが、美容室からの支持につながっている。

現場営業を「味方にする」運用体制

milbon:iDの成長を支えたのは、ECサイト上の施策だけではない。むしろ重要だったのは、現場の営業担当者が美容室に提案しやすく、フォローしやすい状態を作ることだった。

ミルボンの営業は、美容室への個店提案型営業を担っている。milbon:iDでも、まず成功店をつくり、その成果を起点に広げていく方針をとった。

一方で、立ち上げ直後には美容室からの問い合わせが営業に集中した。ECプラットフォームの使い方や登録方法、入金明細の確認など、システムに関する問い合わせが増え、営業が本来の提案活動に時間を使えなくなっていった。

「営業から『milbon:iDを提案すればするほど美容室からの問い合わせが増えて、もう嫌だ。正直、もう案内したくない』と言われてしまうような状態になりました」(西田氏)

このままでは、営業がサービスを提案できなくなってしまう。そこで、運営側として、美容室が直接問い合わせできるLINE窓口やサポートダイヤル、社内FAQ、各種依頼フォームを整備し、問い合わせ対応や事務作業をできるだけ巻き取って現場を支援する体制を整えた。

加えて、加盟サロン数や会員数、営業所別・サロン別の売上などを高頻度で共有し、営業が代理店や美容室に提案するための材料を用意した。成功美容室への取材や事例共有、milbon:iD会員数200名を達成した加盟美容室への決済手段拡張なども、現場が動きやすい目標や会話のきっかけをつくる施策である。

ECを現場に根づかせるには、営業が提案しやすい材料を用意し、成功事例を横展開する運用が欠かせない。milbon:iDの成長は、デジタル施策だけでなく、運営と現場が支え合うことで生まれているのだろう。

購入の場から、関係継続の基盤へ

milbon:iD は、単なる購入チャネルにとどまらない。美容室と顧客の関係を深めるデジタル接点としての役割も広げている。

たとえば「STYLE STOCK」という機能では、会員マイページ上におすすめ商品やカラー履歴、美容師からのコメントなどを表示できる。来店時に伝えきれなかったケア方法や商品提案を、退店後にも補完できる仕組みだ。

さらに、購買データを活用した分析にも取り組み始めている。たとえば、「売上が伸びている1リットルサイズを購入している会員の継続率を教えてほしい」とチャットで質問し、結果を得るような活用を想定しているという。導入直後のため実例はまだ少ないものの、社内レポートの作成やプロモーション結果の分析は効率化しており、蓄積したデータを次のCRM施策に生かす段階へ進んでいる。

「ECビジネスを成功させる鍵はオフラインにある。初動をうまく立ち上げ、ドライブさせていくには、直接現場をサポートする営業の力が非常に大事です。運営は営業の声をしっかり拾い上げ、彼らが動きやすい環境を整えていくことに力を入れるべきだと思います」(西田氏)

この言葉は、milbon:iD の設計思想を端的に表している。BtoB ECは、オンラインの購入導線を整えるだけでは定着しない。取引先のメリット、営業現場の動き方、既存商流との整合性まで含めて設計してこそ、活用される基盤になる。

ECをオフラインの代替ではなく、現場の価値を広げる仕組みとして捉えること。そこに、BtoB ECならではの難しさと面白さがあるのではないだろうか。

西田 洋介
株式会社ミルボン マーケティング本部 ブランド・DXデザイングループ ECサービス室 マネージャー
2007年に株式会社ミルボンに入社。2018年からサロン出店型ECサービス「milbon:iD」の企画運営を行っている。

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