EC事業者に代金全額賠償請求?日本版クラスアクションの解説

木川 和広

【連載コラム】これだけはおさえておきたいECの法律問題
アンダーソン・毛利・友常法律事務所 弁護士 木川和広

 長らく中断していましたが、またコラムを再開させていただくことになりました。今後は月に1回のペースで時事的な法律問題を中心にコラムをお届けする予定です。

 今回は、今年10月1日に施行される「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律(日本版クラスアクション)」について、制度の概要とEC事業者に与える影響を解説したいと思います。

第14回:サン・クロレラ高裁判決で見えた差止請求権の限界
https://www.ecnomikata.com/column/11187/

日本版クラスアクションの概要

 日本版クラスアクションは、事業者と消費者との契約に関して生じた比較的少額の財産的被害を集団的に回復するために創設された制度です。これまで、消費者被害があっても、個々の被害額が少額で訴訟を起こすと費用倒れになってしまうため、事業者が事実上賠償金の支払を免れていたようなケースがありました。

 日本版クラスアクションでは、国が認めた消費者団体が多数の消費者に代わって訴訟を提起することにより、訴訟コストが分散され、消費者の被害回復が図られるようになります。この手続は、適格消費者団体の中から国が特に指定した特定適格消費者団体が遂行します。適格消費者団体については、過去のコラムで詳しく解説していますので、そちらをご覧ください。
(消費者庁より怖い?適格消費者団体)https://www.ecnomikata.com/column/7170/

 日本版クラスアクションの手続は、一段階目の共通義務確認訴訟と二段階目の簡易確定手続に分けられます。

 まず、共通義務確認訴訟では、相当多数の消費者について、事業者が金銭の支払義務を負うべき共通の原因があるかどうかが審理されます。例えば、ある商品に広告で宣伝されたような機能がなかったという場合、消費者は事業者に代金の返還を求めることができますが、「商品には広告で宣伝されたような機能がなく、代金の返還義務がある。」という点を確認するのが、共通義務確認訴訟です。

 共通義務が確認されると、次に、対象となる消費者から申出を受けた消費者団体が債権を届け出ます。裁判所は届け出られた債権について簡易な手続により存否を判断し、債権があると判断すれば事業者に支払を命じます。これを簡易確定手続と呼んでいます。

 日本版クラスアクションについて更に詳しく知りたい方は、以下のURLから消費者庁の資料をご参照ください。
http://www.caa.go.jp/planning/pdf/130419-0_131213.pdf

EC事業者に対する適用可能性

 消費者団体がどのようなケースで日本版クラスアクションを提起するかは、実際に制度がスタートしてみないとわかりませんが、私は、2つの理由から、EC事業者が提訴対象となるリスクが高いと考えています。

 まず、一点目は、共通義務確認訴訟における立証の容易さという理由です。消費者団体としては、自分で証拠を集めて事業者の責任を立証するよりも、既に事業者の責任が確定しているケースを訴える方が効率的です。そうすると、既に事業者が景品表示法に基づく措置命令を受けている事実であるとか、特定商取引法の業務停止命令を受けている事実を、共通義務の基礎となる事実として訴訟を提起するのが、消費者団体としても簡単ですし、敗訴するリスクも少ないといえます。

 特に、制度スタート当初の訴訟で敗訴したりすると、制度そのものの存在意義を問われる事態になりますので、消費者団体としてもできるだけ勝訴が固いところで提訴したいところでしょう。景品表示法の措置命令対象事業者の中でEC事業者の占める割合は高いですし、通信販売業者や電話勧誘販売事業者に該当して特定商取引法の適用対象となることもあります。その意味で、EC事業者が日本版クラスアクションの対象となる可能性は高いと考えられます。

 二点目は、対象となる消費者の確定の容易さという理由です。消費者被害が店頭販売で発生した場合、ある消費者が本当にその商品を購入したと立証するためには、レシートを保存しておく必要があります。しかし、さほど高額でもない商品のレシートが保存されていることは稀ですので、共通義務は確認されたけれども、対象消費者が集まらずほとんど被害回復ができなかったという事態が考えられます。したがって、対象消費者の氏名や連絡先が記録に明確に残っている消費者契約を対象として、訴訟を提起するのが効率的なわけです。その点、ECであれば、通常は消費者の氏名や住所がデータとして残っていますので、対象消費者の特定が容易です。

 また、事業者側でメールアドレスの情報まで保有しているはずですので、その開示を受ければ消費者に手続への参加を求めることも低コストで可能になります。このように、共通義務確認訴訟での立証の容易さと対象債権者の確定の容易さという観点から、EC事業者が日本版クラスアクションの対象となる可能性は極めて高いと考えています。

景品表示法の課徴金制度との比較

 今年4月1日に景品表示法の課徴金制度が導入されました(制度の概要については、下記URLの過去コラムをご参照ください。)。この制度では、誤認表示がされた商品の売上に対して、最大で過去3年分の売上の3%が課徴金として課せられることになっています。この3%という数字は小売業における平均的な利益率ということのようですが、EC事業者の中には非常に高い利益率を出している企業もあり、事業者に対するインパクトという意味では、さほどの効果はないという見方もあります。

(【4月1日スタート】景品表示法の課徴金制度)
(上):https://www.ecnomikata.com/column/8133/
(中):https://www.ecnomikata.com/column/8187/
(下):https://www.ecnomikata.com/column/8256/

 一方、日本版クラスアクションの場合、どれだけの対象消費者を集められるかにもよりますが、一定期間の売上の全額を賠償しなければならない可能性も出てきますので、事業者に対するインパクトは極めて大きいものになります。問題となった商品の売上に依存しているような事業者であれば、直ちに倒産という事態も考えられます。したがって、日本版クラスアクションの導入は、EC事業者にとって、これまで以上に消費者コンプライアンスの重要性を高めるものといえるでしょう。


【セミナーのお知らせ】
2016年10月21日午後1時30分~午後4時30分
「【実例から学ぶ】虚偽表示・誇大広告の法律」
(セミナー申込みフォーム)
http://www.kinyu.co.jp/cgi/seminar/281995.html


著者

木川 和広 (Kazuhilo Kikawa)

アンダーソン・毛利・友常法律事務所スペシャル・カウンセル
国際的な案件も含め、EC関連企業の法律問題を幅広く取り扱う。
(木川弁護士プロフィール)https://www.amt-law.com/professional/profile/KLK