【第1回】「自分のやりたいことを、人任せにするな」 …転職した矢先、プロジェクトが中止になった時にかけられた言葉がすべての始まり。

近藤 真由香

ヒラ営業の私が東証一部上場企業で事業部を作った夢みたいな話 初めまして近藤です。ご縁あってお声がけ頂き、コラムを連載させて頂くことになりました。
ヒラ営業の私が東証一部上場企業で事業部を作った夢みたいな話。第一回です。

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2013年・・・Eコマース関連の業務経験ゼロ。PLも分からない。

ヒラの広告営業だった29歳の私が、東証一部上場企業で新規事業を立ち上げ、現在、事業部になるまで事業拡大することができた。

夢みたいな話。
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1回目の経営プレゼンは、玉砕。。。

2回目の経営プレゼンで承認を貰えた喜びも束の間、プロジェクト誕生!人員は・・・私だけ?!という、本当にゼロからのスタート。

今では、売上12億超え、メンバー20名超えの組織となりました。

事業計画、戦略策定、PL管理、人材採用、組織マネジメントなど、、、、事業の運営に必要なことを、たくさんゼロから経験しました。

今に至るまでに、私が経験してきた数々の失敗や苦悩、一握りの成功や喜びや学んだこと。

このコラムで共有させて頂くことで、日々忙しく業務に追われている皆さまにとって、ひと時の気分転換になったり、時には共感頂いたり、少しくらい参考になったりすると嬉しいです。

転職した矢先、転職理由だったプロジェクトが中止になった

PICTLINK(ピクトリンク)撮影したプリントシールの画像データをダウンロードできるWEBサービス「PICTLINK(ピクトリンク)」

弊社フリューは、プリントシール機シェアNo.1の会社です。

撮影したプリントシールの画像データをダウンロードでき利用者数約1400万人を保有するWEBサービス「PICTLINK(ピクトリンク)」。利用者様に向け情報を届けるメール広告「プリアドメール」を運営しています。

私は、前職の広告代理店時代に、フリューの広告メディアをたくさん販売していたことがきっかけで、フリューに入社しました。また、当時、フリューのメディアは「プリアドメール」のみで、“PICTLINKのメディア化”が、転職後最大のミッションでした。

そういうわけで、私の仕事は、“プリアドメールを売ること”と、”PICTLINKのメディア化”だったのですが、部門方針の変更により、入社後数か月で、”PICTLINKのメディア化”プロジェクトは中止になりました。

・・・「プリアドメール」の販売なら前職と同じ仕事内容です。キャリアアップのため“メディアを作る”という仕事をしたくて転職したのに、それが無くなってしまったのです。

さらに、当時「プリアドメール」の部隊は、3名程度で、組織もなく、「PICTLINK」の部門に間借りしていました。転職して、メディア化で結果を出せなくなり、余計に肩身が狭くなりました。

自分のやりたいことを、人任せにするな

プリアドメールスマートフォン向けメール広告「プリアドメール」

とはいえ、「プリアドメール」の売上を過去最高にしよう!と思い、入社1年目を頑張りました。

しかしながら、それも達成が見えてきた年度末には、モチベーションは下がり、「私って、フリューに必要なのかしら? 私じゃなくても、プリアドメールの営業は出来るよね。。。」などと思い始めてしまいます。

そんな矢先、当時プリントシール機部門の営業部長(ご縁があって現在の上司)と帰り道が一緒になりました。彼は「プリアドメール」の初代の営業担当で、その後の担当者である私を、気にかけてくださっていました。異変を感じていただいたのか、「最近元気か~?今から飲みに行くか?」と、そのままサシ飲みに誘ってくださったのです。

私は、「プリアドメールは頑張って売っています。でも、“PICTLINKのメディア化”が無くなってしまいました。フリューに入社して、やりたいことだったので、それが出来なくなってモヤモヤしています。」というような愚痴を漏らしました。

すると、
「自分のやりたいことを実現できるかどうかが、人次第なんてあかんわ。自分で実現せなあかん。人任せにすんな。」ほろ酔いの関西弁で言われました。

「自分のやりたいことは、自分で実現しないとダメ。人任せにするな。」
・・・・盲点でした。

確かに、自分のやりたいことである“PICTLINKのメディア化”の意思決定は、自分の範疇外で行われました。

それは、会社ですし、自分はヒラ営業でしたから、何の権限もありません。そして転職してまだ1年ですし、おとなしく従うしかないと思っていました。

“PICTLINKのメディア化”は、顕在化していた自分のやりたいことでしたが、会社の決定なので、それはもうできません。

とはいえ、この言葉を受けて、まだ見ぬ自分のやりたいことを見つけて、自分で作って始めればいいんだ、、、、と。とてもモチベーションが上がりました。

「カワイイ」の地域格差を無くしたい

<自分のやりたいことをみつけて、自分で実現する・・・・>
入社2年目に入り、この言葉を反芻しながら、自分が何をやりたいか、私がWEB業界に就職した原点に戻って考えてみたのです。

香川県出身の私は、「いろんな地域格差」を感じながら育ってきました。

雑誌に載っているブランドの店舗は無いし、GLAYやジャニーズは香川には来ないし(笑)、当時はスタバもセブンも無くて、学校帰りはうどん屋で集まっていました。

10代後半になり、ようやくPCとインターネットが普及し、無料で出来るPCゲームが流行り始めたくらいの頃、友人に誘われて、地元の仲間とPCで遊べるRPG(ロールプレイングゲーム)を制作しました。

公開すると、瞬く間に全国に広がって、全国各地から反響が来ました。

香川の一室で生まれたゲームを全国の方々が遊んでくださり、WEBの「どこからでもアクセス出来る=距離をナシに出来る」というのを目の当たりにして、とても可能性を感じて、WEB業界に就職しました。

そこで、私のやりたいことが浮かんできたのです!

「若年女性向けEコマースを作って★「カワイイ」の地域格差を無くす★」
これだ!!と思いました。

とはいえ、まだ妄想レベルだったのですが。。。

「じゃあ、事業計画作ってプレゼンしたらいいじゃん」 BY担当役員

やりたいことは見えてきても、それを会社にやらせてもらうには、それ相応の「やる理由」が必要です。

そこで私は、フリューが若年女性向けEコマースの事業に着手する理由として、「自社会員のマネタイズ」の観点に目を付けました。

当時フリューは、約1,000万人の「PICTLINK」利用者様を保有していながら、「プリアドメール」でしか、マネタイズしていませんでした。

そこで、「送客に自社会員を有効活用して、女性向けEコマースをやる」という事業アイデアを、当時の担当役員に伝えました。


すると、軽い感じで「じゃあ、事業計画作って、経営会議でプレゼンしてみたらいいじゃん」と言われました。

・・・そこで、拍子抜けしつつも、準備を進めることにしたのです。

こうして私は、「自分がやりたいことを自分で実現する」第一歩を踏み出しました。



次回は、ドキドキの初回経営プレゼンのお話にしたいと思います。
お読みいただいてありがとうございました。

著者

近藤 真由香 (MAYUKA KONDO)

香川県高松市出身  趣味はバレエ
早稲田大学 人間科学部卒

2007年 株式会社サイバード 入社
    モバイル広告代理店事業のスタートアップ部門に配属
    モバイル広告黎明期より、営業・メディアプランナーとして従事
2011年 フリュー株式会社 入社
    自社メディアの営業として従事
2012年 新規事業計画を経営会議でプレゼン
2013年 カラーコンタクト通販の部署を作る(ECプロジェクト始動)
2015年 カラーコンタクト事業が部に昇格
2018年 カラーコンタクト事業が事業部に昇格

【通販サイト】
カラコン通販 Mew contact(ミューコンタクト)
https://contact.mewshop.jp/

カラコン全品即日発送 Rapid contact(ラピコン)
https://rapicon.jp/

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