再春館製薬所はなぜ「AI×現場」で成果を出せるのか? PoC止まりを防ぐ「暗黙知の翻訳」アプローチ

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ECのミカタ編集部

株式会社再春館製薬所 ドモホルンリンクル事業部 事業戦略 担当部長 古江順氏

生成AIやデータ分析ツールの導入を進めるEC事業者が増える一方、「PoC(Proof of Concept:概念実証)の実験止まりで事業成果につながらない」「現場で使われず定着しない」という壁にぶつかる企業は少なくない。

AI活用を売上や顧客体験の改善につなげるには、ツールの精度ではなく、「現場の暗黙知(経験知)とどう接続するか」が問われる。ドモホルンリンクルで知られる株式会社再春館製薬所の「AIを現場に定着させるアプローチ」は、休眠顧客向けDMでのCV率向上と確実な利益貢献といった具体的な成果を生んでいる。AIをPoCで終わらせず現場運用へ定着させるためのヒントを探る。

●本記事は2026年4月開催「EC MARKETING CONFERENCE」(ECのミカタ主催)で行われた、株式会社再春館製薬所 ドモホルンリンクル事業部 事業戦略 担当部長 古江順氏のセッションをレポートしたものです

「製販一体」の強みとデータ分断の課題

再春館製薬所は、漢方の理念を土台に化粧品・医薬部外品・医薬品・健康食品の研究開発から製造、販売、コールセンターまでをすべて自社で完結させる「製販一体」の通販スタイルを強みとする。1974年に誕生した主力商品「ドモホルンリンクル」は1980年代後半から通販で販売を続け、フリーダイヤルを中心に顧客との関係を築いてきた。

事業形態はDtoCのリピート型単品通販で、新規獲得以上に既存顧客とのリピート関係の深化に注力してきた。しかし、デジタルシフトに伴い2つの大きな壁に直面した。

●顧客データの分散:EC、Web行動、CRM、コールセンターなど接点が増えるほど情報が分断される。

●現場の経験則とAIの乖離:長年培ったマーケティングの暗黙知と、AIの出力結果の間にズレが生じ、現場への導入が進まない。

こうした課題の背景には、1980年代後半から通販事業を展開してきた同社ならではの、現場の経験・暗黙知の蓄積があった。AI活用においては、それらをいかに実装するかが問われていた。

「お客さまにとって価値のあるものを提供したい、という想いはあっても、現場の経験則とAIというツールにはどうしてもギャップが生じます」(古江氏)

テクノロジーのギャップをどう埋めるかが同社の挑戦だった。

現場とデータをつなぐ4つのプロセス

現場とデータをつなぐ4つのプロセス画像提供:株式会社再春館製薬所(以下同様)

再春館製薬所が取り組んだのは、AIを「人間の代替」にするのではなく、「現場の経験・暗黙知の拡張ツール」として位置づけること。現場が納得してAIと協業するために、以下の4つのプロセスを構築したという。

1. 候補としての提示
データから確率・スコアを算出し、上位候補のみを抽出。
2. 現場による個別確認
実際の顧客状況や応対履歴と照らし合わせ、現場感覚と照合。
3. 理由の言語化(翻訳)
なぜその結果になったのか、特徴量や行動理由を説明できる形にする。
4. 判断材料としての活用
AIの結果を“命令”ではなく、現場が納得して使える“判断材料”として扱う。

「お客さまを個人単位で深掘りするCRMツールを活用しています。AIが出す分析結果の候補を提示しながら、顧客対応のメンバーとマーケターが対話を重ねることで、AIとの最適な協業スタイルが生まれました」(古江氏)

その結果、これまで属人的な暗黙知にとどまりがちだったマーケティングの判断やノウハウが、AIを介することで言語化・蓄積されるようになり、PDCAのスピードと精度も上がってきたという。

この状態を古江氏は「現場の知識を翻訳できてはじめて、施策として生きてくる」と表現する。まさしく、「暗黙知の翻訳」効果である。

休眠顧客向けDMのCV率向上、大きな利益に貢献した「3つの変化」

「暗黙知の翻訳」サイクルを回した結果、驚くべき成果と組織の変化が現れた。

【成果の向上】
休眠顧客向けDMでのCV率向上と確実な利益貢献を達成。施策の効果予測も容易に。
【会話と議論の質の変化】
データが共通言語となり、「なぜこの結果なのか」を一緒に考える文化が定着。勘や経験だけに頼らない、根拠のある議論が日常化した。
【継続的な改善サイクル】
PoC(実験)止まりで終わらせず、「試行→実装→改善」が仕組み化され、ナレッジが資産として積み上がる状態へ。

同社のようにAIと現場知の掛け合わせを、継続的な運用として定着させるには何が必要なのか。古江氏は、そのプロセスを三段階で整理する。

第一のステップは「顧客を見える形にする」こと。さまざまなデータを整理し、「どの顧客をどう見たいのか」という定義を作る。その上で、ID統合やデータ品質の整理などを行って分析の土台を揃え、AI分析が意味を持つ状態にすることが出発点だ。

第二のステップは「現場が納得できる形に翻訳する」こと。AIがスコアとして出してくる数字の「理由や特徴を言語化する」プロセスがこれにあたる。具体的には、AIの出力結果に対して、「なぜこの顧客が上位なのか」を説明できる形にする、上位対象を個別に確認し、AIの出力と照らし合わせる、現場の感覚とずれるところを言語化する、などだ。

「現場の納得を得た上で、全体の方向性をつくっていかなければ、大きくグロースさせることはなかなか難しい。現場の納得感を醸成することが、全社的なAI活用の前提になっています」(古江氏)

第三のステップは「小さく施策化して改善を回す」ことだ。最初から大きく展開せず、一つの施策、一つのセグメントからスモールスタートする。検証→改善のサイクルを回し、小さな改善を回し続けながらお客さま変化をつぶさに捉え、新たな施策の方向性をつくっていく。

「こうした取り組みの結果、現場でデータをもとにした議論が日常化し、定性的な感覚に頼っていた顧客理解にテクノロジーが浸透してきました。テクノロジースキルの壁が取り払われつつあります」(古江氏)

現在、社内では多数のAI施策が同時進行で動いており、マーケティング活用にとどまらず、AIチャットボットの導入や新人の教育計画への活用も現場主導で進んでいる。「お客さまを大切にしたい」という想いが出発点になり、テクノロジーの活用が内製化できつつあるという。

AI活用を現場に定着させる3つのアクション

自社でAI活用を推進し、成果に結びつけるために、古江氏は「明日から始める3つのアクション」を提唱する。

① 顧客接点データの棚卸し:どこにどんな材料があるかを見る
② 最初のテーマを一つに絞る:いきなり全社最適を目指さない
③ 現場が納得する検証方法を先に決める:誰がどう判断するかを設計する

まずは顧客接点・行動・プロモーションを時系列で整理し、「一人のお客さまにあたる状態をデータで再現できるものをすべて整理しきる」ことが第一歩になる。

再春館製薬所の場合、コールセンター側にすでにトランザクションデータや購買・応対履歴を一元管理するCRMツールがあり、そこが起点になった。その後、データウェアハウス(DWH)の環境を整備して全社的なデータ基盤を拡張していったという。

顧客接点データの棚卸しが終わったら、最も優先すべきテーマを一つ立て、関係するメンバーが最も納得できる状態にこだわって実装を進め、定着へとつなげる。この繰り返しが同社のAI活用推進の骨格になっている。

このプロセスで重視されているのは、単にAIを導入することではなく、自社の顧客理解や現場知に即した形で応用し、運用に落とし込んでいくことだ。

「理解を深め、言語化し、実装し、定着させる。生成AIに関しては、技術の『賢さ』の部分はある程度落ち着いてきており、『応用』の世界が大きく広がっています。単体の賢さから、応用によって可能性を広げていく段階に入ってきているのです」(古江氏)

つまり今は技術の成熟を待つ段階ではなく、自社の文脈にどう応用するかを考え続けることが問われているという認識だ。

「会社としてお客さまに継続的に新たな価値を提供していくためには、こうしたテクノロジーの進化を常に学びとして捉え、小さな改善から始めて、大きな取り組みに広げていくことが大切だと考えています」(古江氏)

理念を起点に「再春館製薬所らしさ」をAI活用に落とし込む

AI活用は業務効率化の文脈で語られがちだが、再春館製薬所のアプローチの根底にあるのは「お客さまをより深く理解したい」という理念だ。

「マーケティングではバルクの視点でものを見がちですが、最近は、お客さま個人にいかに近づけるか、というテーマでの取り組みが増えて、AI活用もそれに寄与しています」(古江氏)

現在はチャットベースの対話型AIにおいて現場の自走が進んでおり、今後は数年をかけて「AIエージェントの定着」というさらなる応用ステージへ挑むという。

「本当に人がやるべき仕事は何か、という問いを突きつけられている状態です。今後は数年かけてエージェント定着に取り組んでいくことになると思います」(古江氏)

技術の成熟を待つのではなく、自社の顧客理解や現場知という「強み」にどうテクノロジーを応用するか。同社の姿勢は、これからのEC事業者が生き残るための大きなヒントとなる。

古江 順
株式会社再春館製薬所 ドモホルンリンクル事業部 事業戦略 担当部長
顧客接点で培った知見とデータ活用をもとに、AI活用、CRM、EC改善を横断して推進。現場で生まれる感覚や暗黙知を、事業に活かせる形へ整理し、施策設計から改善実装までを一気通貫で担う。技術と現場をつなぎながら、顧客理解を起点とした事業づくりと顧客体験の向上に取り組んでいる

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